今回の企画で扱ったのは、軽度といわれるの障がいを前提とした問いである。重度といわれる障がいや、日常生活に大きな制限を伴う状況を否定するものではない。その点は、まず明確にしておきたい。
なぜこの企画を行ったのか。
ACTの代表である私は、精神障がい者保健福祉手帳2級を所持している。交通事故による後遺症が原因である。事故のあと、私は「配慮が必要な人」になった。それ自体は事実であるし、配慮があるからこそ学業や活動を続けられている場面もある。
しかし同時に、どこかでこう感じていた。障がいを持っているという事実だけで、「できない人」という箱に入れられていないだろうか。手帳の等級、診断名、ラベル。それらが先に提示されることで、その人の可能性よりも「制限」が先に語られてしまうことがある。
※以下より、”障がい”を”障害”と表記
障害は「できないこと」なのか
私は、それに強い違和感を覚えていた。絵が下手な人が、絵が上手い人に頼る。それと何が違うのだろうか。誰もが得意と苦手を持っている。そして状況が変われば、役割も変わる。ある場面では支えられる側であっても、別の場面では支える側に立つことがある。それは障害の有無とは関係なく、誰にでも起こることである。
もちろん、障害を持っている以上、配慮が必要な場面はある。それは社会が整えるべき前提条件であるのではないかと考える。
しかし、配慮があることと、役割が固定されることは違う。配慮を受ける存在であると同時に、誰かを支える存在にもなれるのではないか。自分が誰かに支えられる瞬間があるなら、別の場面では自分も誰かを支えられる側に立てるはずである。その関係性を、言葉ではなく体験として提示したい。そう考えて、この企画を始めた。
象徴
2018年のR-1ぐらんぷりで優勝した濱田祐太郎さんは、生まれつき目が見えない。それでも、お笑いの世界で頂点に立った。私はその姿を、「障害があってもできる」という物語として受け取っていない。そうではなく、「役割は固定されない」という事実の象徴として見ている。人は、できるかできないかで分類される存在ではなく、状況の中で役割を行き来する存在であると考える。
今回の企画について
今回の企画では、「障害=支えられる側」という見方を一度立ち止まって考えてみること、そして障害を持つ人もまた誰かの支えになり得るという可能性を体験として提示することをテーマとした。体験ブースでは、不便さを感じる場面があった。しかしそれは「できない人になる体験」ではない。
誰もが状況によって不便を抱え、誰もが状況によって誰かを助ける。その事実を確認する時間であったと考える。
まとめ
「できる側/できない側」という線引きをやめたとき、支え合いは特別な行為ではなく、日常の関係性として見えてくる。今回のブースにおいて、大きな変化を生んだとは言えないかもしれない。しかし、「できる側/できない側」という言葉に立ち止まる時間を生み出せたのであれば、それだけで意味はあると考える。
この企画は、障害のある人を変えるものではない。社会の側の視線を、ほんの少し動かす試みである。


